スタッフインタビュー 院長・竹村隆広
心臓外科医として手術を重ねてきたからこそ感じる「予防」の大切さ、患者さんの長い人生に寄り添う医療の意味
いつから医師の道に進むことを考え始めたのですか?
一番最初に医者という仕事について考えたのは、小学生の頃にテレビで筋ジストロフィーの子どもに関する特集を見たときですね。筋ジストロフィーとは、筋肉の萎縮と筋力の低下がどんどん進行していき、最終的に心臓や呼吸器なども自力では動かなくなっていってしまう病気です。先天的に発症すると、20歳ぐらいで亡くなってしまう人が多いんです。その子たちの姿を見ながら、こういう人たちを助ける仕事はやりがいがあるだろうなと思いました。
とはいえ、その頃は新幹線やリニアモーターカーの技術者、天文学者にも憧れていました。その後、どの段階で医師の道に進むことを決意したか、よく思い出せないのですが、高校の時には医学部に進むことを決めていましたね。
様々な科があるなかで、心臓血管外科を選んだのはなぜですか?
まずは外科のほうが面白いと思ったんですよね。近年は内科でもカテーテルを使う治療など、直接病気の部分を直す治療も増えていますが、当時は外科のほうが劇的な治療効果があるように思えて魅力を感じましたね。そして外科のなかでも、心臓に、興味を惹かれました。また、癌は、私が医師になった頃には治療をしても効果が出ず、亡くなってしまうことが少なくありませんでした。一方、心臓の病気は基本的に機能の問題なので、人の生死に関わりはするものの、機能をちゃんと直してあげたら、元気になる人が多いんです。その点も魅力に感じましたね。
実はもともとは血を見るのが苦手だったので、不安がなかったわけではありません。でも実際にいざ手術の現場に立ち会ってみたら、全然問題ありませんでした。テレビなどで見るのと、実際に手術で人を切るのとでは、受け取る感覚がたぶん違うのだと思います。
大学卒業後は東京女子医大に就職、その後、長野市にある東長野病院に移っていらっしゃいますよね。もともと長野に戻ってくることを考えていたのですか?
いえ、私自身に長野へのこだわりがあったわけではなく、たまたま声をかけてもらったのが東長野病院でした。大学病院にもしばらくいましたが、論文を書いたり研究する道を極めたいという思いは湧かず、むしろできるだけ早く、多くの手術をしたいと思っていました。東長野病院ではそのチャンスがあるポジションだったので、異動しました。
東長野病院では4年、その後、国立長野病院で10年、諏訪赤十字病院で2年、そして佐久総合病院で10年と勤めてきました。
ずっと病院に勤めてきて、今回クリニックを開業しようと思ったのはなぜですか?
一つには自分の年齢がありますね。50代後半になり、心臓外科としてやり続ける、つまり手術をし続けられる年齢の限界に近づいてきました。そのまま病院に居たら、定年の65歳ぐらいで医者としての人生が終わり、あとは”付録の人生”になってしまう。それはつまらないと思ったんです。少なくとももう15年くらいは働き続けたいと思っています。
もう一つには、心臓外科で手術をしていた患者さんたちは、いわば病気が進行してしまった人なんですよね。機能的なところを治してあげて、ある程度リセットすることはできますが、完全に正常な状態に戻ることはほとんどありません。そうであれば、病気になる前に未然に防げたほうがいい。予防、すなわち生活習慣の改善が主になりますが、そこに力を入れるクリニックは、他とは違う特色があっておもしろいのではないかと思いました。
特にこういう人にアプローチしていきたいという対象はありますか?
生活習慣病を抱えている人、特に40〜50代の働き盛りの人たちです。そうした人たちに対して、質の高い治療を提供し、あわせて、生活習慣を改善するための情報提供を、看護師が中心になって行なっていく。これを大事なコンセプトにしています。
働き盛りの層の人たちが一番病気の原因をもっていて、病気になりやすく、でも病院に来ない層なんですよね。タバコをたくさん吸っていたり、高血圧だと指摘されても放っていたり、虫歯で歯がボロボロでも治療していなかったり…。それである日、心筋梗塞になって病院に運ばれてから、慌てて生活習慣を見直そうとする。でも40〜50代でも心筋梗塞で亡くなってしまうこともありますし、時すでに遅しという場合もあります。
これは社会的な問題だと思いますが、特に独身の男性にこうした人は多く、かつ、年々増えていっている印象があります。
一方で、ご家族がいる男性の場合には、奥さんをはじめとしたご家族にも働きかけていきたいと考えています。家庭全体で減塩に変えることができれば、例えばお子さんがいらっしゃるご家庭の場合、子どもさんの味覚も減塩にでき、次の世代の生活習慣病予防も期待できます。その点でも、この世代にアプローチすることは意味があると思っています。
働き盛りで忙しい人たちの場合、なかなか自分自身で情報を探して、クリニックを見つけ出すこともなさそうですが、どのように働きかけていこうと考えていますか?
そうですね。市町村も今は医療費削減のために予防に力を入れようと躍起になっています。多くの市町村では、自治体が中心になって保健師さんなどを起用し働きかけをしていますが、それに応じない人たちはたくさんいます。その”応じない人たち”の健康意識をどう高めていくか、どう病院との接点をもたせるかが、大事なポイントになると思っています。
また当クリニックとしては、この連載もそうですが、インターネットや様々な情報網を使って、従来の病院とは違う形の情報発信をしていきたいと思っています。それによって、働き盛りの世代や若い世代にも、接点をもってもらえる機会を増やせるのではないかと考えています。
もう一つには、今後、企業に働きかけていきたいとも思っています。大企業はすでに健康意識が高い会社が多いので、主に中小企業ですね。会社は家庭よりずっと長い時間を過ごしている場所ですし、会社から言われたら、働いている人たちもやらざるをえないじゃないですか。今後、少子高齢化が進む中で、企業も人手不足に必ず直面します。その時に従業員が健康を保っていたほうが、人的コストが削減できます。雇い手と働き手、双方にメリットがあるはずです。そこにモチベーションをもってもらいたいですね。
患者さんと接する時に意識していることはありますか?
とにかく、患者さんに笑顔で帰ってもらうこと。これは大事にしていますね。でも、患者さんのほうがおもしろくて、僕らのほうが笑わせてもらうこともいっぱいあります(笑)。
もうひとつは、これはクリニックに限らず、これまでの病院でも大事にしてきたことですが、患者さんにとにかく対等に接することです。残念ながら、医療スタッフと患者さんとでは医療スタッフのほうが“上”だという昔ながらの意識は、医療業界に根強く残っています。患者さんに対して、対等に優しく丁寧に接すること、言葉遣いも、医者と患者さんとしての言葉遣いではなく、人間と人間としての言葉遣いをするように、私自身気をつけていますし、スタッフにもいつも伝えています。
医療において、もちろん確固とした知識と的確な治療はとても大切です。それは大前提としたうえで、患者さんができるだけ話しやすい環境をつくることは、よりよい医療を提供する上で極めて大切だと考えています。
クリニックを立ち上げて1年。病院の頃との違いはありますか?
やはり患者さんとの距離感は近くなったと思いますね。血圧を測定して、検査結果を見て、問題ないですよと伝えたら、一般的には診療が終わると思うのですが、ここではもう一歩踏み込んで、患者さんの生活の中まで見ようとしています。もしかしたら踏み込まれることに抵抗がある患者さんもいるかもしれませんが、生活にまで介入していくことで、より改善効果は期待できるように感じています。
手術のような分かりやすい「回復」はクリニックではなかなかないと思いますが、クリニックではどんな時にやりがいを感じますか?
やはり患者さんの体重が減ってきたり、血圧が下がってきたり、数値が改善するのを見ると嬉しいですね。
手術は極めて短い期間で成果が求められますが、手術後もその方の長い人生は残っているんですよね。手術や治療をして、その病気が治ったとしても、家に帰ったときに今までの生活ができなくなってしまったら、どうしようもないじゃないですか。私は医師になって35年ほどになりますが、20年診ている患者さんたちもいます。その方たちが今も変わらず生活を送れていてはじめて、「治療がうまくいった」と言えると思います。でも、患者さんの日常生活まで見て治療をする病院は多くないですし、治療後の長い人生にまできちんと向き合えている医師はそう多くありません。
当クリニックのスタッフは全員もともと病院にいたので、その部分のノウハウは現状ありませんが、これからしっかりとその視点をもって、考え続けていきたいと思っています。
今後挑戦していきたいことはありますか?
病院で勤めていたときから、力を入れていたことのひとつですが、チーム医療ですね。医師が頂点にいて、指示を出さなければ動けないというような体制は止め、いろいろな職種の人が自分の専門性を活かして、自主的かつ連携しながら治療をしていく体制を大切にしたいです。
クリニックの場合は特にスタッフが少ないので、周りの人たちを巻き込むことがとても大切だと思っています。薬剤師さんやリハビリ関係の人、医療職にかぎらず、レストランと一緒にセミナーを開催したり、最近は運動療法を提供できるところとも連携しようとしています。生活習慣の改善においては、そうした多方面からのアプローチをできたら、より効果的なのではないかと思っています。
もう一つはITの活用です。まだ利用者の方は少ないですが、当クリニックでは遠隔診療のシステムも導入しています。これも訪問看護ステーション(看護師がかかりつけ医と連絡を取りながら、患者さんのご自宅を訪問し、療養生活のお手伝いをする拠点)と連携することで、機械を使いこなすのが難しい高齢の方でも利用しやすいように工夫しています。どこからでもスマートフォンを使って医師に診てもらえ、薬が自宅に送られてくるようになれば、とても便利ですよね。すべての疾患に使えるわけではありませんが、慢性的な疾患であれば、医師の側も患者さんのほうも、時間とお金のコストを減らすことができます。交通アクセスが悪いエリアの高齢者がこれから益々増えていくなかで、今後必ず有効な手段になると思いますね。
おかげさまでこの取り組みは、新聞や医療雑誌でも取り上げてもらいましたが、今後も、長野の他のエリア、あるいは同じように高齢化や過疎化に直面するであろう他県の地域にとって、何か役にたつようなモデルケースを当クリニックからでも作っていけたらと…、昨年で60代になりましたが、まだまだ挑戦ですね。